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わたらせメディア紀行 足利 |
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| 本ページ「わたらせメディア紀行」では、渡良瀬川流域の地域を題材にした文学(文学、紀行他)、映画、テレビドラマ、そして地域でロケを行った映画、テレビドラマ、さらに最新のロケ情報等を紹介してゆきます。 なお、管理人の知らない情報をお持ちの方は、お手数ですが、「ご意見」のページから、情報をいただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします。 |
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| 分類 ★:ロケ情報 ●:映画 ■:テレビドラマ ◆:文学 | |
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| ◆文学 日本の中世を歩く (足利) 2010. 2/15掲載 New |
「日本の中世を歩く」(五味文彦 著。岩波新書) 2009年4月発刊の岩波新書の表題の書籍の第10章「足利に学徒の夢を追う」で足利学校について、触れています。 著者が学生のころ、年度末の論文報告の構想の発表を行った翌日の中世遺跡を見学で足利を訪れています。 駅前の旅館に泊まり、女子中学生のソフトバレー部合宿と同宿だったようですが、どこの旅館だったのでしょう。 翌日、足利学校やばん阿寺等を見学しています。 そのときの疑問が、どうして、この足利に多くの学生が集ったかということでした。それを本書では、究明しています。 ひとつは、他の学校は、京の五山を始め、仏教色に染まっていたが、足利で教えていたのは、儒学だったこと。 ふたつめに、学校の創設が文人として名高い小野篁(おののたかむら)だった由緒こと それが学校を南北朝の戦乱から守ったこと、としています。 本書は、著者が蕎麦に舌鼓を打ったという記述で終っています。 天文21年のフランシスコ・ザビエルの書簡で足利学校に触れている部分があります。 「日本の主要大学なる坂東は遠く北方に在り。 他の大学も同様なるがゆえに、厳しき寒気に遭うべし。 寒地に居住する者は才知あり鋭敏あり。 (中略) なんとなれば彼等は肉体の労苦に堪へ、 また坂東の大寒を凌ぐことを得るべきがゆえなり。」 という記述を見ると、当時は、よほど足利は寒かったのでしょうか・・・ |
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| ■テレビドラマ 「わが家の歴史」 エキストラ体験記 (足利) 2010.1/1掲載 |
フジテレビの開局50周年記念の悼尾を飾る2010年春放映予定のドラマ「わが家の歴史」のロケに参加しました。 本作品は、三谷幸喜の脚本により、戦中から戦後にわたる一家族の歴史を実在の事件を織り交ぜ、描くものだそうです。父親は西田敏行、母親は富士純子、子供たちに柴咲コウ(長女)、堀北真希(次女)、栄倉奈々(三女)、松本潤(長男)、佐藤隆太(次男) 2009年9月に桐生、足利の数ヶ所でロケが行われました。 筆者は、9月23日(祝)のロケに参加しました。16:00に集合ということですので、夜間ロケです。場所は、足利公園駐車場。 当日、筆者は、自転車ででかけました。足利公園は、小高い丘です。幹線道路からの入り口は通行止めにされて、エキストラであることを告げて、公園駐車場への坂道を上ります。 しかし、途中で急坂になり、自転車を降りて、押してゆくことになります。 急坂を越えた場所は、映画「虹の女神」で市原隼人と上野樹里が歩いた道で、再び自転車にまたがって、駐車場まで到達です。 駐車場といっても数台の駐車スペースとトイレがあるだけです。駐車場の右手に、左手に頂上へ通じる遊歩道。 その狭いスペースと舗装路に、ロケバスや衣装のトラック等々がところ狭しと駐車しています。 次第にエキストラの人たちもクルマや自転車、徒歩で集まってきます。 TVドラマ「白州次郎」でも一緒だった人の顔も・・・ そこに、驚いたことに、現在筆者が非常勤で勤務している団体のT課長も現れました。ビックリ。T課長もビックリだったと思います。 事前に服装は、ロケ地で着替えると聞いていたので、戦時中の時代設定と予測していましたが、またもやNHKドラマ「白州次郎」と同様、リュックを背負った国民服のゲートル姿でした。 ところが、今回は、帽子を被るのですが、髪の毛は刈り上げを希望され、メイクさんにバリカンで刈り上げられてしまいました。ほとんどの男性が該当。 ただし、T課長は除外。なぜか?推して知るべし・・・ そんなこんなの準備と弁当の夕食を済ませ、18:00ころになり、ロケ地の丘の頂上へ移動です。 ![]() そこは、映画「虹の女神」で市原隼人が立った場所です。芝生の広がる、小さな山の頂といった場所です。 「足利近辺の山々 七福神めぐり」で、この場所は紹介していますので、ご覧ください。 市街を見下ろせる場所にブルーバック(青の板塀。CG合成のときに使用)が準備されています。 これで、山の上から空襲を受けた市街を見下ろしているというシチュエーションであることが判明。なんと足利の市街が北九州の市街に変わります。 ドラマ上では、北九州の設定ですので、ほとんどの視聴者は、このロケ地が足利であることなぞ知る由もないことでしょう。 子役たちが準備万端。ということは、女優たちは、成長した後の配役ですので、柴咲コウらには、会えないことが判明。残念! すると、そこに西田敏行、富士純子(藤純子)が登場。映画「緋牡丹博徒」のお竜さんのイメージが強く、大柄のように思っていましたが、思ったより小柄でした。さらに西田敏行は、彼女より背が低い。 俳優たちは、ブルーバックに向かい、並びます。 エキストラの男女子供20人ほどは、その俳優たちの周りで、空襲に会い、避難してきた住民の役です。筆者も鍋に行李を持って、芝生に座り込みました。 夏の名残の熱気が残る、9月の夕方は、ライトの前、人々の周りを虫が飛び交い、スタッフは防虫スプレーを撒きながら走り回る・・・ しかし、それもとっぷり日が暮れる頃には、気温も下がり、あんなにたくさんいた虫も消えてしまいました。 ![]() 撮影シーンは、水兵役の俳優中野某と西田敏行が九州弁で一言二言。カメラは、背後から、斜め前方から、と正面からの移動でした。今回は、たぶん映らないかな・・・ ということで、夕方から夜にかけての4時間ほどのロケは、19:30ころに数人のエキストラを残して終了しました。 帰りにフジテレビの記念品の黄色のストラップを頂き、家路につきました。 帰りの坂から、足利の夜景がきれいでした。刈り上げと引き換えのエキストラでしたが、たぶん映らないだろう、という失念の思いを抱きつつ・・・ >> フジテレビのサイトは、こちらから。 |
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| ●映画■テレビドラマ (足利) 2009.11/1掲載 |
●映画 「蟹工船」(2008) 監督:SABU 堀込町の中山産業倉庫にセットが組まれ、多くの市民もエキストラで参加しました。 「次郎長三国志」(2008) 監督:マキノ雅彦 出演:中井貴一 何度となく映画化された清水次郎長が久方ぶりに映画化されました。監督は、マキノ雅彦こと津川雅彦です。 ばん阿寺:祭りの縁日。このロケが行われたことは、まったく知りませんでした。近くに住んでいながら、不覚! 「遠雷」(1981) 監督:東陽一 出演:永島敏行、石田えり ビニールハウスのロケは、足利で行われたという。 ■テレビドラマ 「人間だもの 相田みつを物語」(2004)出演:木梨憲武、石黒賢 足利が生んだ書家 相田みつをの物語のドラマ化でした。 旧毛野小学校:相田みつをの職場の入り口 鳳仙寺:相田みつをが師と仰いだ禅僧の寺(高福寺)の設定。ただし、この寺院は桐生にあります。 「ヒミツの花園」(2007)出演:釈由美子、堺雅人 松田小学校:花園祭りの会場。 ここは、「ガメラ2レギオン襲来」でも自衛隊の本部が設置されました。 といってもロケはされませんでしたが・・・ 西場百観音(西場町):写真撮影をしていた、石仏が並んでいた場所 大小山(西場町):山の見える農道。管理人もたびたび登る、360度展望の山です。 「黄落、その後」(2005)出演:市原悦子 長林寺(西宮):主人公が石段を上るシーン。 足利「七福神めぐり」でも紹介しています。 ちなみに作者の佐江衆一は、渡良瀬川下流の古河市の出身です。 「わたしは貝になりたい」でもクレジットにでていたとか・・・ |
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| ◆文学 文学散歩(足利) 2009.8/15掲載 |
「爪」水上勉 戦後の混乱期を描いた社会派推理小説です。主人公が東武伊勢崎線で足利を訪れ、 西宮のアキレス工場(現在は、住宅街)を訪ねる場面があります。作者は行商をしているとき、 足利を訪れており、そのときの体験を活かして書いています。 「リング」鈴木光司 一時期ベストセラーに名を連ねた和製ホラー小説です。日本、米国でも映画化されました。 この小説は、主人公の女性が実家のある足利にクルマで向かうところで終わります。ただ、それだけの登場ですが・・・ 「喧嘩草雲」(馬上少年過ぐ)司馬遼太郎 足利に縁の深い勤皇画家 田崎草雲を描いた短編小説です。新潮文庫「馬上少年過ぐ」の収めれている一編。 田崎草雲は、江戸で足利藩の足軽の子として生まれ、絵を学びます。幕末の時期には、百姓を集め、誠心隊を組織し, 足利を戦火から守りました。 明治になり、現在の足利公園のある場所にアトリエである白石山房を建て、多くの作品を生み出しました。 現在その場所には草雲美術館(http://www1.ocn.ne.jp/~souun/)が建てられています。 彼の墓は、西宮の長林寺(足利「七福神めぐり」参照)にあります。 「俺」(勝新太郎) いまは亡き俳優の勝新太郎の自叙伝です。 戦時中、日光に疎開していた勝新太郎は母親と買出しに足利にも訪れていたことが書かれています。 幼い勝少年が、母親に手をひかれ、足利を歩く姿を思い浮かべると親近感がわきます。 |
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| ◆文学 「十年」(足利) 2009. 3/15 掲載 |
小説「十年」小杉健治 小杉健治は、ミステリーを多く手がける作家です。 著者は、前職がコンピュータのプログラマだった作家です。丸山健二も同じですね。 従って、本作品もミステリーです。 舞台は、足利。 ミステリーのあらすじを説明するのは、野暮ですので記載しません。というより、話が複雑で要約できませんでしたので、話の発端のみ。 十年後に再会を約束した、愛し合っていた男女。実際の十年後に約束の場所を訪れるのは、男のほうは義妹が、そして女のほうは夫が。その男(東京に住む)が東武伊勢崎線で足利へやってくるところから、話は始まります。 再会を約束した場所は、ばん阿寺の山門です。そして大門茶屋でお互い本人が来られなくなった理由を語ります。その後、何回か足利で会うことになってゆきます・・・。 そして、再会を約束した実際の男が、行道山浄因寺の境内の上の石仏のところで殺害されます・・・。 というようなストーリーが展開されるのですが、 ばん阿寺、大門茶屋、渡良瀬川河畔の割烹 河竹、行道山浄因寺、足利警察署、足利学校等が 登場するご当地ミステリーです。足利の住人にとっては、ワクワクものですよね。 なお、本作品は、平成元年発行の新潮文庫「ミステリー日本地図 -ミステリー大全集2-」とう短編集に掲載されました。 現在、絶版になっていると思いますので、古本屋等で見つけたら、ぜひ購入して読んでみてください。 また、本作品は、テレビドラマ化されました。出演者は忘れましたが、舞台が鎌倉に設定されており、ばんな寺の代わりに建長寺、行道山の代わりに銭洗い弁天だったと記憶しています。こちらの設定もうまい、と思いました。 さらに2008年5月に昼の時間帯に再放送された、12チャンネルのミステリードラマは、本作が原作でした。出演は、大杉蓮、風吹ジュン、寺島しのぶ、藤真利子。舞台は、今度は、舞台が京都になっていました。再会するお寺は、ばん阿寺から、高尾神護寺、殺害場所は嵐山というものでした。舞台を変えて、いろいろとドラマ化されています。 足利から、鎌倉、京都へと・・・次第にメジャーな観光地へ舞台は移されています。少々残念ではありあますが・・・ |
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| ◆文学 「徒然草」(足利) 2009. 2/ 1掲載 |
「徒然草」吉田兼好 鎌倉時代(1330年8月から1331年9月頃)の日記文学である「徒然草」は、吉田兼好により書かれたとする説が主流ですが、数多くの説があります。序段を含めて244段からなり、和漢混淆文と仮名文字が中心の和文が混在しています。その第216段に足利のことが記されています。 以下、原文と現代語訳です。 ●原文 徒然草 第216段 最明寺入道、鶴岡の社参の次に、足利左馬入道の許へ、先づ使を遣して、立ち入られたりけるに、あるじまうけられたりける様、一献に打ち飽、ニ献に海老、三献にかいもちひにて止みぬ。その座には、亭主夫婦、隆弁僧正、主方の人にて座せられけり。 さて、「年毎に給はるえ足利の染物、心もとなく候ふ」と申されければ、「用意し候ふ」とて、色々の染物三十、前にて女房どもに小袖に調ぜさせて、後に遣されけり。 その時見たる人の、近くまで侍りしが、語り侍りしなり。 ●現代語訳(三木妃人) 最明寺入道が、鶴岡八幡宮に参脂したついでに、足利左馬入道の屋敷に、あらかじめ使者を遣わしたうえで、立ち寄られたことがある。そのとき、左馬入道が接待なさったが、その献立は最初のお膳には千した飽(あわび)、二番のお膳には海老、三番にはかいもちいを出して、それで終わった。その座には、その屋敷の主人夫婦と、隆弁僧正とが主人側の人として座っておられた。 ![]() 一段落して、最明寺入道が、「毎年いただいている足利の染物が待ち遠しいことです」とおっしゃると、「用意してございます」と言って、さまざまの色に染めた反物(たんもの)三十疋(ぴき)を、その御前で女房どもに小袖に仕立てさせて、後でお届けなさったのであった。 そのときに一部始終を見ていたひとりで、最近まで存命だったある人が、その由を語ったのである。 足利の中心の足利氏の菩提寺である、ばん阿寺の境内(外堀を太鼓橋で渡り、本堂に向かう参道の左手にあります。 (本内容は、足利商工会議所の資料を参考にさせていただきました。) |
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| ■テレビドラマ 「太平記」(足利) 2009.1/11掲載 ![]() |
NHK大河ドラマ「太平記」(1991)出演:真田広之、沢口靖子 NHK大河ドラマで「太平記」が放映されてから、早いもので、もう18年も経ってしまいました。懐かしさもあり、ちょっと当時のようすを再現してみます。 平成2年 4月、ドラマ化、配役が発表。 ![]() 配役:足利尊氏(真田広之)、新田義貞(萩原健一、根津甚八)、 楠木正成(武田鉄矢)、尊氏の妻(沢口靖子)、 後醍醐天皇(片岡孝夫)、護良親王(堤大二郎)、出雲の阿国(宮沢りえ)、 北畠顕家(後藤久美子)・・・ 7月、真田広之が来足。市役所、ばんな寺等を訪問。 10月、尊氏公まつりの武者行列に真田広之、沢口靖子が特別参加。 オープンセットの一般公開開始。 オープンセットは、足利、佐野の間にある寺岡町の 旗川河川敷(7000平方メートル)に建設され、 鎌倉時代の京都の都大路、公家館、鎌倉の武家屋敷、 足利館といった鎌倉や京都の町並みが再現されました。 また同時に新田義貞のふるさとである太田市にも、こどもの国に 足利、新田、楠木の武家屋敷のオープンセットが組まれました。 平成3年 1月6日、ドラマ放映開始。 5月、足利まつりに一色右馬之介役の大地康雄参加。 11月1日から10日、渡良瀬川河川敷に「婆沙羅童夢」開催。 日野俊基役の榎木孝明トークショウ。 12月15日、オープンセット閉館。102万人が来場。 ![]() 結構、地元では大騒ぎだったように記憶しています。当然オープンセットは、旅行会社のパック旅行にセットされ、多くの観光客が訪れることになりました。 ![]() 本ドラマが足利市にロケセットを造って撮影されるに至る経緯やその年の顛末は、足利商工会議所 常任顧問の中島粂雄氏の著書「大河ドラマがもたらしたもの まちおこし大変記」(1992年発行)に詳しく書かれています。県立足利図書館の書架にありますので、興味のある方はどうぞ。 ロケ地の近くの「地蔵そば」の店内には、出演者のサインが壁面に多く書かれています。そばも美味ですので、訪れて、思い出に浸るのもよいかもしれません。 ![]() 真田広之、大地康雄のサイン 緒形拳、陣内孝則、榎木孝明のサイン ![]() 沢口靖子のサイン 西岡徳馬、勝野洋のサイン 「日光例幣使街道を歩く!シリーズ 太田〜天明」でも、この地を歩いています。 ぜひ、このページもご覧ください。 |
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| ●映画 「リリィシュシュの すべて」 (足利) 2008.10/18掲載 ![]() |
「リリィシュシュのすべて」(2001)監督:岩井俊二 出演:市原隼人、蒼井優 岩井俊二監督が、インターネットのインタラクティヴ・ノベルとしてスタートさせた企画を発展させて撮影した異色の青春映画です。とくに足利市の協和中学校では、エキストラを動員しての大規模な撮影が行われました。ただし、先に紹介した「わたしのグランパ」や「虹の女神」といった映画とは、異なり、評価は分かれる映画ではないでしょうか。 ●足利ロケ地一覧(数字は、ロケマップでの場所を表しています) >> 映画「リリィシュシュのすべて」足利ロケ地マップ 中橋(渡良瀬川)@:主人公と同級生が小便するシーンと少女の待ち会わせシーン。 さの美容室(福居町):雄一の母が働く店。 協和中学校A:鮎中学校の設定。入学式と合唱コンクールのシーン。 葉鹿橋近辺B:(渡良瀬川):少女がカイトを飛ばしているシーンと鉄塔のシーン。 足利市営球場C ![]() 足利市武道館D:剣道部の試合と玄関での花束贈呈シーン。 県(あがた)駅(東武伊勢崎線)E:少年たちが駅からでてくる無人駅のシーン。 足利駅(JR両毛線)F:試合の帰りの駅のシーン。 CDショップWonder GooG:万引きシーン、集団万引きシーン。 中橋北 もんじゃ焼き屋「月ヶ瀬」近辺H: TSUTAYA(このTSUTAYAは宇都宮らしい)で万引きした主人公たちが、CDを壊すシーン。 ラーメン屋「夢屋」(市民プラザ西側)I: 先輩と一緒にラーメンを食べるシーン。 スーパー「フレッセイ」北側(通3丁目)J: 学校で万引きのことを怒られてから、自転車で母親の乗るバスのあとをついて走っていくシーン。 協和中近くの踏切:下校時に自転車でみんなで走りながら話をするシーン。 邑楽町の麦畑:映画にたびたび出てくる麦畑。 |
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| ●映画 昭和30年代の映画館 (足利) 2008. 8/23掲載 |
今年春、足利商工会議所友愛ホールの市民ギャラリーにて、昭和30年代の足利市の映画館の写真展が開かれました。昭和30年代に市内で営業されていた映画館の数々。会議所の書庫から発見された「現勢写真集 足利」(昭和34年発行)の中に残されていました。 ひとつひとつ紹介してみましょう。 @アサヒ松竹 両毛線足利駅の東側にあった松竹の専門館。 管理人は、なぜか、松竹唯一の怪獣映画「宇宙大怪獣ギララ」が上映されていたのを憶えています。 ![]() A高砂館 両毛線足利駅の西側にありました。足利の映画館の草分けでしたが、閉館するのも早かった。 管理人が祖父に毎週のように連れて行ってもらった映画館です。 新東宝の映画がかかっていたと思います。嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」です。 ![]() B有楽館 管理人の自宅にもっとも近く、なんといっても学生時代の「仁義なき戦い」に代表されるやくざ映画を見ました。 その後、改築されたのですが、映画衰退の波に逆らえず閉館。 ![]() Cワンプラ いまの商工会議所友愛会館のすぐ隣にありました。 管理人が知っているのは、洋画を上映していたころ。「ロミオとジュリエット」、「個人教授」なんてのもかかっていました。 ![]() D中央劇場 渡良瀬橋の近くの土手のすぐ下にありました。足利で最後まで残った映画館です。 閉館のころは、2スクリーンで洋画を上映していました。学生時代、友人が土曜のオールナイトのもぎりのアルバイトをしていたので、ただでもぐりこんでいました(もう時効ですよね)。 「グリズリー」、「ミッドウェイ」等々・・・ ![]() E末広劇場 織姫神社近くにありました。2階席もある風格のある建物でした。 かつては新島襄が講演会をしたという話もあります。 大映の専属館だったので、「大怪獣ガメラ」や「座頭市」シリーズ等を見た記憶が鮮明です。 末期はピンク映画専門館でした。 ![]() そのほか、東宝映画のアサヒ座、洋画の京王劇場等もあり、それぞれの映画館にそれぞれの想い出もあります。 |
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| ■テレビドラマ 「恋空」(足利) 2008. 8/ 9掲載 |
「恋空」(足利) 8月2日(土) 20:00から、TBS系列の土8ドラマ「恋空」が始まりました。 ![]() 現在、ロケは、桐生を中心に行われています。 初回の放映日、その放映時間は、足利では、わたらせサマーフェスタ 花火大会の真っ最中。 にも関わらず、テレビをご覧になっていた方は、気づいたでしょうか。 足利が登場しました。 ばん阿寺の太鼓橋:主人公 美嘉(水沢エレナ)が、花火を見にゆくシーン 織姫神社:境内から、渡良瀬川にあがる花火を見るシーン そういえば、ちょっと前に、突然花火が打ち上げられた夜が ありました。納得・・・。 境内の社務所に出演者のサインが掲げられています。(2008.11/1追加) ![]() クリックで拡大表示します。 >> テレビドラマ「恋空」の公式サイトは、こちらから。 |
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| ◆文学 「田舎教師」(足利) 2008. 7/13掲載 |
「田舎教師」田山花袋 足利篇 「わたらせメディア紀行 近隣」で紹介した「田舎教師」足利篇です。 田山花袋の小説「田舎教師」は、埼玉県羽生市を舞台とし、貧しさゆえに進学することもできず、小学校教師として苦悩の日々を送り、失意のうちに二十歳の若さで寂しく死んでいく青年の物語です。 その主人公である林清三のモデルとなった実在する青年教師 小林秀三は、足利の呉服問屋の息子でした。 祖父の墓は、足利にあるといいます。 ということもあり、小説の中に度々足利が登場します。 ちなみに田山花袋も10歳のころ、足利の薬種問屋に丁稚にでていたこともあり、土地勘や思いもあって登場するものと推測します。 主人公が村役場で一夜を過ごすときに、父母のことを思い出す場面があります。 「幼いころは兄弟も多かった。そのころ父は足利で呉服問屋をしていた。 財産もかなり豊かであった。七歳の時没落して熊谷に来た・・・」 また関東の山々を望んで、以下のように表現しています。「雪に光る日光の連山、羊の毛のように白くなびく浅間ヶ嶽の煙、赤城は近く、榛名は遠く、足利付近の連山の複雑したひだには夕日が絵のように美しく光線をみなぎらした。」 「秋の末になると、いつも赤城おろしが吹渡って、寺の裏の森は潮(うしお)のように鳴った。 その森の傍を足利まで連絡した東武鉄道の汽車が朝に夕に凄じい響を立てて通った。」 足利まで東武鉄道が繋がったことを書いて小説は、閉じます。 田山花袋は、そういった描写を織り交ぜながら、青年教師の生き様に悲哀を感じ、この小説を書いたのです。 こんな言葉が残されています。 「遼陽陥落の日に・・・日本の世界的発展の最も光栄ある日に、万人の狂喜している日に、さうしてさびしく死んでゆく青年もあるのだ。 事業という事業もせずに、戦場の兵士となってさへ行かれずに、かと思ふと、その青年、田舎に埋もれた青年の志と言ふことに就いて、脈々とした哀愁が私の胸を打った」 |
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| ●第1回足利映像祭 レポート(足利) 2008.5/19掲載 |
◆第1回足利映像祭レポート(2008.5/3,4 足利商工会議所友愛ホール) 5月の連休に第1回足利映像祭が開催されました。足利にまつわる映画、テレビ放送を上映することで足利市民の映像文化への関わりを再認識することを目的に足利商工会議所が中心となって開催したものです。 ![]() 初日(5月3日)は、足利出身の想田和弘監督のドキュメンタリー映画「選挙」、2日目(5月4日)は、熊沢尚人監督の足利ロケの映画「虹の女神」でした。前者は、ドキュメンタリーをコメディーに転化させた映像がなかなか楽しい、後者は足利の町並みを見ながら、ジーンとくる映画です。 初日は、想田監督と主演の山内さんの軽妙なトークのやりとりに会場も湧いていました。2日目は、熊沢監督に前日のゲストの想田監督が客席から足利で撮るのに苦労した点を訊ねて、街がコンパクトでロケ地からロケ地への移動が楽だったという話をしていました。 しかし、もっとも注目すべきは、同時に上映された「日本最古の学校〜足利学校〜」ではないでしょうか。昭和52年に鈴木清順監督が撮った記録映画です。同監督といえば、あのNHKのアナウンサーの鈴木健二さんの兄であり、日活の監督でした。日活時代は、「東京流れ者」(渡哲也)、「けんかえれじい」(高橋英樹)、その後、「ツィゴイネルワイゼン」(原田芳雄) 、「陽炎座」(松田優作)、「夢二」(沢田研二)の3部作でも高い評価を得ています。この間、「悲愁物語」があり、ちょうどその頃、撮影された記録映画です。 足利商工会議所の中島顧問にうかがった話では、足利生涯学習センター(旧相生小)で16mmフイルムが見つかり、この度DVD化して上映するとのことです。 筆者の学生時代に、あの清順監督が足利学校の記録映画を撮っているという噂を聞いて、「キネマ旬報」の読者欄に短文を寄せて掲載されました。しかし、残念ながら見る機会がなく、なんと30年を越えた今、観覧することができた、という映画です。 あの派手な映像表現をする同監督が撮る記録映画ということで、期待大。しかし、実際はオーソドックスな表現ながら、今見ても古びない映像表現はさすがと唸らせるものでした。次々と門扉が開き、ズームインする映像なぞは、やはりと納得。 30数年ぶりに恋人に再会したような陽春の一日でした。 最近(2005年)も「オペレッタ狸御殿」(チャン・ツィイー)を撮り、傘寿を超え、いまだ現役で頑張っておられる監督にエールです!! |
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| ●映画「虹の女神」 (足利) 2008.5/1掲載 ![]() |
「虹の女神」(2007)監督:熊沢尚人 出演:市原隼人、上野樹里 5/3、4 第1回足利映像祭が足利商工会議所 友愛ホールで開催されます。2日目に本作も上映される予定です。 また、あの鈴木清順監督の記録映画「日本最古の学校〜足利学校〜」も同時上映されます。この映画は、管理人が学生時代に、撮影されているという噂を聞き、その情報をキネマ旬報に投稿し掲載された経緯があります。あの噂から数十年、初めての本作とのめぐり合いが楽しみです。 さて、「虹の女神」ですが、これは熊沢尚人監督の青春映画です。学生時代の仲間が社会人となり、疎遠になっていたが、仲間のひとりが事故死してしまうことにより、再び集まり機会となり、青春時代を振り返る、といった映画です。過去を振り返って感傷に浸るタイプ映画は、管理人の好みの映画です。同様なタイプは、ホイチョイプロ3部作のひとつ、「波の数だけ抱きしめて」がありますね。 ●足利ロケ地一覧(数字は、ロケマップでの場所を表しています) >>映画「虹の女神」足利ロケ地マップ コグレレコード(田中町)@:あおい(上野樹里)が働くCD店。実際の店名がそのまま使われてます。 自慢焼富士屋前(通一丁目)A:あおいが逃げて、角を曲がるシーン。 東和銀行、自治会館(通一丁目)B:あおいのバイトの帰り道。夜の街路と交番。智也(市原準人)が補導される。 北仲通(雪輪町)C:智也があおいに指輪を贈るシーン。この場所は、映画「わたしのグランパ」にも登場。 レストラン ポルカ(柳原町。けやき小の北側)D:智也とあおいが訪れる喫茶店。 実際の店名がそのまま使われてます。 渡良瀬川 田中橋北側土手F:智也とあおいが水平の虹を見つけるシーン。 足元の水たまりに虹が映っている。 水道山公園(緑町)G:主人公たちが自主制作映画「The end of the world」を撮影している公園。 自主制作映画で智也が空を仰ぐシーン。 有楽公園(有楽町)H:自主制作映画のロケで、智也、あおいのキスシーン。 ![]() 吉祥寺(江川町):未確認ですが、自主制作映画の中の墓地のシーン。 中橋緑地北多目的広場I:智也があおいの残した携帯に送信された虹を見るラストシーン。 番外ですが、足利以外でも佐野、大泉等でも撮影されています。 佐野プレイランド(佐野):歌手のBGV作成シーン。 いずみ緑道(大泉):智也とあおいが話しながら通るシーン。背景に「大泉保育専門学校」の看板の文字が映ります。 佐野厄除け大師(春日岡山惣宗寺)(佐野):かな(蒼井優)、おあい、智也が訪れる神社(実際は寺院です) 大学のシーンは、成城大学、高崎経済大学とのこと。 |
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| ●映画「座頭市鉄火旅」 (足利) 2007.3/7掲載 ![]() |
「座頭市鉄火旅」(1967) 監督:安田公義 出演:勝新太郎、藤村志保 この映画は、実際に足利でロケを行ったわけではありませんが、舞台が足利ということで掲載します。 市が斬殺された足利の親分庄太郎の最期を看取ったことがことの始まりで、旅芸人の一行と共に足利を訪れて、ストーリーが展開します。 足利商工会議所 友愛会館におけるまちなか映画館でも上映されたことがあります。 座頭市は、1962年に第1作「座頭市物語」(監督 三隅研次)が公開され、1989年の勝新太郎監督の「座頭市」までに全26作が製作されました。本作「座頭市鉄火旅」は、本シリーズの15作目でした。 その他、最近では、ビートたけしの「座頭市」(2003)もありましたが、やはり座頭市といえば、勝新太郎でしょうか・・・ また、女版座頭市「ICHI」(監督:曽利文彦 出演:綾瀬はるか)が製作されています。どんな映画になるのでしょう。 |
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| ◆書籍 日本の下層社会 (桐生、足利) 2007.11/28掲載 |
横山源之助著の「日本の下層社会」には、「第3編 手工業の現状」と題し、全編の10分の1程度の量で、明治29年の桐生、足利の織物工業の状況が書かれています。 当時、足利14,000人、桐生13,800人、合わせると3万人近くの女工が働いていました。 女工の年齢は、12,3歳から20歳を越えるくらいで、桐生足利出身の者は少なく、越後、越中、能登、加賀出身者が多かったようです。 仕事時間は、未明から夜の10時まで、休憩時間は食事時間のみと、たいへん厳しかったようすが書かれています。 そういった厳しい環境でしたが、桐生足利の織物は、粗製濫造で信用がなくし、仲買する商人は他の地方の商標を使って販売したといいます。 織物で全国にその名を馳せていたと思っていたのですが、本書を読む限り、残念な内容でした。旧仮名遣いで読みやすくはありませんが、興味のある方は、岩波文庫に収められています。 |
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| ●映画 わたしのグランパ(足利) 2007.10/31掲載 ![]() |
2003年公開。刑務所帰りの菅原文太と孫娘の石原さとみの心のふれあいを描く、筒井康隆の原作の小説の映画化です。 監督の東陽一は、以前、立松和平原作、永島敏行主演の「遠雷」でも足利のビニールハウスを使用しています。主演は、菅原文太、石原さとみ他。 足利の北仲通りがバリアフリー化された後、初めて映画のロケに使用された記念すべき映画第1作が、この映画です。足利の大通り(県道岩船桐生線)の北に位置し、大通りと平行に、東はばんな寺、西は織姫神社を始点終点とする道です。 ●足利ロケ地一覧(数字は、ロケマップでの場所を表しています) >>映画「わたしのグランパ」足利ロケ地マップ 渡良瀬川:ファーストシーンとラストシーンは、石原さとみが川の中に立つシーンです。 元キンカ堂のガード下@:刑務所帰りの菅原文太が初めて石原さとみに会うシーンを始めとし、 学校からの帰宅の道として、たびたび登場します。 北仲通りA:先の学校帰りの続きで菅原文太と石原さとみが挨拶するシーンや学校からの帰宅の道です。 また、「虹の女神」でも、この場所を使っています。 ![]() 同 柳田文具店A:菅原文太が店先で老人と談笑しているシーン。 伊勢町のJazz喫茶「オーネット」B: 浅野忠信と菅原文太が店主と客です。 両毛線富田駅:車中で切り裂き魔の男を捕らえた菅原文太が途中下車。 助戸町の「キャラジャ」C: パンツを買った菅原文太が帰宅途中の石原さとみと会い、いっしょに帰るシーン。 中川町の渡良瀬川緑橋上流の土手D: ![]() 菅原文太が自転車で土手を走るシーン及びやくざが石原さとみと友達を 誘拐するシーン他。 この土手は、「花とアリス」でも登場します。 助戸町の鹿島神社E:菅原文太が少年たちに襲われる神社。 足利学校からばんな寺への道F: 石原さとみの両親である平田満、宮崎美子が旅行からの帰宅のシーン。 廃墟:石原さとみが囚われ、伊武雅刀らのやくざと銃撃戦が行われるのですが、場所が特定できません。 ご存知の方がいらしたら、教えてください。 葉鹿町の民家:全編を通して、主人公の家として登場します。 市立相生小学校G:石原さとみが通学している中学校として登場します。 参考)映画のオフィシャルサイト:http://www.cine.co.jp/grandpa/ |
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(足利) 2008.10/3掲載 ![]() |
映画に関する第1回は、いままで本サイトに多く登場しているこの作品です。 ガメラは、東宝のゴジラに対抗して、大映がスタートさせた怪獣映画です。当時小学生だった管理人も映画館のモノクロスクリーンで観ました。しかし、観終わっての印象は、同時上映の「座頭市地獄旅」のほうが強かったように思えます。大映では、8作まで作られました。 続いて、平成に3本が作られ、その2作目が1996年の金子修介監督の本作品です。この3本は、評価も高く、記憶に残るものでした。 この作品で、ガメラは、仙台から地底に潜り、足利北部の山 赤雪山(足利近辺の山々で紹介)に現れます。さらに森高千里の歌う渡良瀬川(足利近辺の山々で紹介)の上空を敵のレギオンが飛翔するシーンもありました。そして、ガメラととレギオンは、戦いながら、葉鹿地区まで下り、国道50号沿い?、渡良瀬川沿い?に桐生へと移動してゆきます。 このとき、自衛隊の本部がおかれたのが、この山の麓にある松田地区の旧松田小学校でした。いまは廃校となっています。 また、昨年、角川映画が「小さき勇者たち」という題名で復活させました。 |
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